第2回採用作家RuCocoの連載 「あの頃の私が見た風景」(6) いつか見た青空

第1回・第2回タビノコトバで採用された作家による旅の連載エッセイ企画

採用作家が継続してアウトプットできる場を作りたい
第3回の応募者に、採用されればこんなことが起こると未来を想像してほしい

そんな思いを込めて、連載企画をスタートさせました。

・これまでのタビノコトバを読み、この人の作品をもっと読んでみたいと思っていた人。
・第3回があれば応募してみたいと思っていた人。
・旅の文章が好きな人。

旅の文章を応募し採用された作家による書き下ろし作品を公開します。

 

今回はRucocoさんによるテーマ「あの頃の私が見た風景」:(6)いつか見た青空

<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち
RuCoco :「あの頃の私が見た風景
ざっきー:「旅の回想
Miki:「あちこち旅して考えた
黒田朋花:「空想旅行記

連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/

ムスリムの国・マレーシア

一瞬、どきっとした。

ホテルのエレベーターに、目元以外、全身を黒い布で覆った女性が乗り込んでくる。
ああ、そうか。ここはムスリムの国なのだ。すぐに思い出して私は平静を装う。

初めての東南アジアはカルチャーショックの連続だった。今でこそ移住したい国No.1のマレーシアだけれど、二十年前ともなると、日本人には馴染みの薄いイスラム教の習慣に、戸惑うことばかりだった。

不浄の左手で食事をしてはいけない、子供の頭を撫でてはいけない、人を指差してはいけない。お酒や煙草はもちろん、豚肉も食べてはいけない。そして、女性は決して肌を露出してはいけない。

同じアジアの国なのに、こんなにも文化の違いがあるなんて、思ってもいなかった。

チキンのソーセージやビーフベーコンはどこか味気ない。お酒は日本より高いし、トイレには紙もない。けれど、そんな不便さなど取るに足りないものだった。
様々な人種、様々な言語、様々な習慣。
マレーシアには、言葉では言い尽くせない魅力があった。

活気溢れるチャイナタウンがあり、スパイスの香り漂うインド人街がある。先進国入りを目前に控え、その経済力を象徴するかのようにペトロナスツインタワーが聳え立つ。
マレーシアの首都クアラルンプールは、まるで地球が凝縮されたような街だった。

そして、何度も訪れるうちに、髪を覆い、長袖のロングドレスを着ている女たちの姿もすっかり見慣れてしまった。
最初に出会った黒尽くめの女性は、おそらく中東あたりからのツーリストだったのだろう。マレーシアの女性たちが身につけるのは、花や鳥が描かれた、色鮮やかな布で作られたものが多く、その装いは艶やかだった。
それでも、常夏の国であのスタイルはさぞかし辛いだろう、と常々思ってもいた。

プールサイドで気づいたこと

あれはどこの島だったか。
クアラルンプールを拠点にマレー半島東海岸のリゾート島を毎年のように訪れていた時期があった。

プールサイドで本を読み、喉が渇いたらバーで冷たいビールを飲み、暑くなったら透き通った海で泳ぐ。ありきたりな、けれど最高に贅沢な休暇だ。

その時も、私はデッキチェアで日本から持参した本を読んでいた。
プールから水しぶきがあがり、子供の声が響く。
かわいらしいビキニを身につけた少女たちが、カラフルな浮き輪につかまり、はしゃいでいる。

そして、隣のテーブルでその姿を見つめる母親たちは、皆、全身を布で覆っていた。

美しい海で泳ぐことも、水の中で我が子と戯れることも許されない。炎天下、水遊びをする子供たちを、ただ見守っているだけ。イスラム教徒の女たちが太陽の下、素肌を晒すことができる時間は、ほんの僅かなのだ。

目の前の少女たちも、やがて「女性」となりトドゥンで髪を覆う。
そしていつか母親になった日、やはり同じように、プールで遊ぶ我が子を見つめ、眩しそうに目を細めるのだろう。
少女の頃、水の中から見上げた青空と、じりじりと肌を焼く太陽の感触を思い出しながら。

ここは、ムスリムの国。
女たちが無邪気な子供でいられる時間は、とても短い。

RuCoco 第2回(Peleliu)で掲載
アメリカに焦がれた20代。アジアに恋した30代。海に魅せられた40代。でも還暦は絶対にハワイで祝うと決めています!
連載記事のテーマは「あの頃の私が見た風景
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第2回タビノコトバ掲載作家のRucocoさんをインタビューした記事

【作家・支援者インタビュー④】Rucocoが語る「旅を文章にすること

【作家・支援者インタビュー④】Rucocoが語る「旅を文章にすること」

【連載作家】
茂木麻予:「旅で出会った人たち
RuCoco :「あの頃の私が見た風景
ざっきー:「旅の回想
Miki:「あちこち旅して考えた
黒田朋花:「空想旅行記

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