第2回採用作家RuCocoの連載 「あの頃の私が見た風景」(1) ティファニーで撮影を

ニューヨークでやりたいことリストに書いたこと

憧れのニューヨークへ発つ前に、調べておくべきことがあった。

映画「ティファニーで朝食を」をビデオデッキに入れ、そのシーンを何度も繰り返して観る。
オードリー・ヘップバーン扮する主人公のホリーが、かの「ティファニー」の前で、ショウ・ウィンドウを眺めながらパンを囓り、コーヒーを飲むシーン。
アップにした髪、黒いノースリーブのドレス、大きなイヤリング、そしてサングラス。
間違いのない様、巻き戻しては入念にチェックする。

女友達との二人旅。
「ニューヨークでやりたいことリスト」には、このシーンを再現して記念写真を撮っちゃおう、という項目が一番上に書かれていた。
ドレスの代わりに黒いノースリーブシャツ、一番大きなイヤリング、そしてサングラスをトランクに詰め、胸を躍らせながら私は初めてのニューヨークへと旅立った。

地下鉄の電車にまだたくさんの落書きがあった時代。
バーに入ると、地元のおじさんたちがこぞってお酒を奢ってくれた。
屋台のホットドッグを頬張りながら空を見上げると、にょっきりと伸びた二本のビル、ワールドトレードセンターの姿が見えた。

ニューヨーク最後の朝

あっという間に旅も終盤。
決行の時は最後の朝、午前便でロスアンゼルスへ向かう日と決めていた。

早朝4時。
寝惚け顔に化粧を施し、当時は長かった髪を結い上げる。用意した衣装を身にまとい、イヤリングを付ける。
そうすると気分は完璧にヘップバーンになって、はしゃぎながら二人、ホテルを飛び出した。

朝とはいえ、外はまだ薄暗い。
二十四時間営業のデリカテッセンに入り、コーヒーとパンを買う。もちろんパンにだってこだわる。
テープを一時停止してちゃんと頭に叩き込んでおいたのだ。
一番良く似たコッペパンのような細長いパンを紙袋に入れてもらった。

季節は初夏だったけれど、まだ太陽の昇りきっていない街は少し肌寒い。
腕をこすりながら、早足でティファニーへ向かう。
私達の姿に気づいた男たちが口笛を吹く。なんだか、いい気分。女優気取りで私は手を振り返す。

ティファニーのある五番街は、既にぽつりぽつりと人が行き交っていて、なかなかシャッター・チャンスがやってこない。
周りに誰もいなくなった瞬間を見計らってパチリ。交代してもう一枚。
映画のホリーはロングドレス、一方こちらはミニスカート。

上半身だけ撮る予定だったのに、慌ててシャッターを押したものだから、素足とスニーカーまでばっちりと写ってしまっていた。
これも懐かしい、旅先での笑い話。

ニューヨークを思い出すと、あの光景が浮かんでくる

撮影を終えたらお腹もすいてきた。
パンを囓り、コーヒーを啜りながらホテルへと戻る。
薄闇の街が少しずつ色を帯び、空気も温まっていく。歩きながら早朝の街並みをしみじみと見渡してみる。
あと数時間で、この街を離れなければならない。
夜明けのマンハッタンはどこか物悲しい。なぜならこの街は人々が集い、怒号のような車のクラクションが鳴り響き、浮かれ過ぎた笑い声が溢れているべき場所だからだ。

それでも、明け始めた薄紫の空の色は、どの街で見ても美しい。
高級宝石店の前で立ち止まっていたホリーの心の中を覗いたら、きっとこんな色をしていたのではないか。

あれから気の遠くなるような長い月日が流れた。
ヘップバーンは世を去り、威風堂々と聳え立っていたワールドトレードセンターも消え去った。

今でもニューヨークといえばあの朝の光景を思い出す。
もう一度行くことがあるのなら、ティファニーの前で夜明けのコーヒーを飲みたい。
男たちの口笛は、聞こえないだろうけれど。

RuCoco 第2回(Peleliu)で掲載
アメリカに焦がれた20代。アジアに恋した30代。海に魅せられた40代。でも還暦は絶対にハワイで祝うと決めています!
連載記事のテーマは「あの頃の私が見た風景
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