第1回・第2回タビノコトバで採用された作家による旅の連載エッセイ企画。
「採用作家が継続してアウトプットできる場を作りたい」
「第3回の応募者に、採用されればこんなことが起こると未来を想像してほしい」
そんな思いを込めて、第2回タビノコトバ採用作家による連載企画をスタートさせました。
そして第3回タビノコトバ展を開催するにあたり、第2回の採用作家による連載を一区切りにしようと考えています。
ぜひ、楽しんでください!
今回はRucocoさんによるテーマ「あの頃の私が見た風景」:(8)Close yet far―遥かなるアメリカ
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
(2) 東京は尚遠く
(3) One dollar forty
(4) 夜明けのCook-a-doodle-doo
(5) 楽園の扉
(6) いつか見た青空
(7) ツナマヨとアヒポキ
サン・ディエゴでのホームステイ
カリフォルニア州最南端、サン・ディエゴ。そこは国境の街だった。
学生時代のこと。サン・ディエゴ市内のある家庭に、一ヶ月程滞在したことがある。
若者向けのホームステイ・プランで、英語レッスンの他にシー・ワールドやディズニーランド、そして、お隣の街、メキシコ・ティファナの一日観光も含まれていた。
「お水は絶対に飲んじゃだめよ。お腹を壊すから」
ティファナを訪れる日、観光ツアーの集合場所まで送ってくれたホスト・マザーが、不安げな表情で諭す。
「偽物ばかりだから、アクセサリーも買っちゃだめ」
ツアーバスに乗り込むぎりぎりまで、たくさんの注意事項を聞かされた。
けれど、Momの心配をよそに、初めて足を踏み入れるメキシコの地に、私は胸をはずませていた。アメリカに次いで二国目となる「海外」。心ときめかないはずがない。
どんなに危険な場所と言われても、若さゆえの好奇心に勝るものはなかった。
二国目の海外となったメキシコのティファナ
国境は、広い路上にあった。
イミグレーションオフィスというより、ちょっと立派な高速道路の料金所のようだ。審査はとてもあっけないものだった。パスポートを見せるだけで、入国スタンプすら押されることなく、すんなりと国境を越えることができた。
太陽の光溢れるサン・ディエゴとは対照的に、ティファナはどことなく荒んだ印象の強い街だった。ダウンタウンでは小さな商店がひしめき合い、店主の男たちがひっきりなしに声をかけてきた。
怪しい日本語を連発し、時には強引に店に引き込もうとする。こちらはお気楽な観光だけれど、彼らにしてみれば、ツーリストが落としていくお金は貴重な収入源。生活のかかった闘いなのだ。
天気は悪くなかったはずなのに、ティファナに関してはどんよりとしたイメージが今も残っている。実際にそんなことはなかったのだろうけれど、街のあちこちに埃が渦を巻いていたような気さえする。
悪い記憶ばかりではない。ティファナというと思い出すのはトルティーヤ・チップス。歩き疲れて入ったカフェで初めて食べたメキシコの味。辛いサルサソースが美味しくて、おかわりまでしてしまった。
ティファナ観光を終えて入国管理局まで戻ると、今度は行列が出来ていた。アメリカから「出る」のは簡単だけれど、「入る」のは容易いことではない。今では、数時間かかることもざらだという。
すぐ目の前にあるのに、そこは遥か遠い国、アメリカ。
掴めそうで掴めないアメリカン・ドリームに僅かな希望を抱いて、人々は国境の街を目指すのだろう。
サン・ディエゴで過ごした日々
その夜、ステイ先に戻った私は、早速Momにトルティーヤ・チップスの話をした。
「よかったわね。で、そこでは何を飲んだの?」
「アイスティー」
Momは悲鳴に近い声をあげた。
「なんてこと! アイスティーの氷は水で出来ているのよ!」
幸い、お腹を壊すようなことはなかったけれど、Momを刺激しないよう、安い指輪を買ったことは、秘密にしておいた。
サン・ディエゴで過ごした一ヶ月は、まるで春の陽だまりの中にいるような日々だった。
優しかったホスト・ファミリーの家にはゲーム室やプールまであり、飼い犬がいつも足元にまとわりついていた。
それは一瞬にして通り過ぎてしまった美しい夢。
私にとっての、小さいけれど確かなアメリカン・ドリームだった。
基地があるサン・ディエゴで、アメリカ海軍の戦闘機が抜けるような青空に白い線を描く様子を何度も目にした。
その一筋の飛行機雲は、同じ大陸にありながら別の国、アメリカとメキシコを隔てる境界線そのもののようにも見えた。
アメリカに焦がれた20代。アジアに恋した30代。海に魅せられた40代。でも還暦は絶対にハワイで祝うと決めています!
連載記事のテーマは「あの頃の私が見た風景」
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(2) 東京は尚遠く
(3) One dollar forty
(4) 夜明けのCook-a-doodle-doo
(5) 楽園の扉
(6) いつか見た青空
(7) ツナマヨとアヒポキ
第2回タビノコトバ掲載作家のRucocoさんをインタビューした記事
【作家・支援者インタビュー④】Rucocoが語る「旅を文章にすること」
【連載作家】
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
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