第1回・第2回タビノコトバで採用された作家による旅の連載エッセイ企画。
「採用作家が継続してアウトプットできる場を作りたい」
「第3回の応募者に、採用されればこんなことが起こると未来を想像してほしい」
そんな思いを込めて、連載企画をスタートさせました。
・これまでのタビノコトバを読み、この人の作品をもっと読んでみたいと思っていた人。
・第3回があれば応募してみたいと思っていた人。
・旅の文章が好きな人。
旅の文章を応募し採用された作家による書き下ろし作品を公開します。
今回はRyuji Atsumiさんによるテーマ「男と女」:(1)レモンハート75.5 第2話
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
Ryuji Atsumi:「男と女」
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
季節の移ろい
男はネクタイを締めた勤め人の端くれであったが、夜になってみれば、今日一日の不満と、明日一日への不安があるだけで、過ぎゆく歳月の感覚に乏しかった。
それでも四季の移ろいは感じているつもりだった。
なぜなら、落ち葉の舞い散らかるのを見たから。
手袋が欲しいと思ったのと前後して、朝、車のフロントガラスが凍っていたから。
今宵、手袋のままポケットに手を突っ込み、背中を丸めてこの店へとやって来て、今、同じ姿勢のまま組んだ腕をカウンターに載せている。
「一度も好きだとか、愛してるだとか言ってくれないって、メールで文句を言って来ては不機嫌になるんです」
店主は苦笑しながら、自分のマグカップを口にした。
「けど、好きだって気持ちが腹八分って言うのかな。ボルテージが高まっていないうちに言ったらそれは嘘になる。だから言えないんです」
「それはダメです。全然ダメです。好きだって言えない相手と付き合っちゃダメです」
「どうして? 相手に失礼だから?」
「面倒だからです。後が面倒だからですよ。今、彼女いないしいいか、なんて付き合い方しちゃいけないんです。男も女も。でないと別れたずっと後になってから、呪いのメールみたいのが来るんです。新しいコと一緒にいるときに限って、『どこにいるの? 早く帰ってきて』みたいなメールがね」
二人は笑った。
笑いながら男はグラスを口にして、店主も笑みと口髭との隙間にマグカップを当てる。
「女性は何のために付き合うかって言えば、安心を得るためなんです。好きだとか、愛してるとか言われて安心するわけですよ。好きって言えないなら付き合っちゃダメです」
「安心か…。『好きって言ってくれない』って、揺れる乙女心を味合わせてやってるくらいに、思ってたんですけどね」
男と女
店主は首を横に振った。
「安心を与えてくれない相手からは、女性の方から離れて行きますよ。それが嫌なら好きって言ってあげればいいんです」
「嘘でも?」
「―いや、嘘じゃないんです。嘘だと思っていても、です。そう言い続けているうちに、好きになることもあるでしょうし。逆にそう言わせ続けることが女性の狙いかも知れないです。言い続けるうちに思い込んじゃうみたいな、そのう…」
「マインドコントロール?」
「そう、マインドコントロールみたいな」
二人は笑った。
笑い終えると店主は続けた。
「好きだと言ったら言ったで、そのうち女性の言うことも変わってくるんですけどね。本当に好きなのとか、本当に私だけなのって」
店主は笑ったが、男は頷いただけだった。
そして男は言った。
「私の同僚に、47歳の独身の男性がいましてね。その方がおっしゃるに、『女ほどロクでもないものはない。自分もロクなもんじゃないが、せめてもの救いは女というロクでもない生き物に生まれなかったことです』ってね」
男は笑ったが、店主は黙ったまま煙草に火を付けていた。
「俺はそうは思いませんね。もし女性がいなかったら、男に生きる価値はないですよ」
こうして店主による、プランクトンや蟻の雌雄(しゆう)に関する生態系の講釈が始まった。
男は面白くないどころか、大いに不満だった。
それは、内容の仕入れ先がテレビのクイズ番組に過ぎないということより、何よりも、店主が自分だけマグカップで旨いものを飲んでいるような気がしてならなかったからだ。
(続く…)
【連載作家】
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
Ryuji Atsumi:「男と女」
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