第1回・第2回タビノコトバで採用された作家による旅の連載エッセイ企画。
「採用作家が継続してアウトプットできる場を作りたい」
「第3回の応募者に、採用されればこんなことが起こると未来を想像してほしい」
そんな思いを込めて、連載企画をスタートさせました。
・これまでのタビノコトバを読み、この人の作品をもっと読んでみたいと思っていた人。
・第3回があれば応募してみたいと思っていた人。
・旅の文章が好きな人。
旅の文章を応募し採用された作家による書き下ろし作品を公開します。
今回は茂木麻予さんによるテーマ「旅で出会った人たち」:(4)考古学と氷砂糖
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
遺跡発掘に励む女子大生
京都の大学で日本史を勉強し、高校の日本史の先生になるのが夢だった。
念願かなって憧れの大学生活が始まると、さっそく1年生の夏休みから、遺跡の発掘調査に参加し始めた。
友達は実家に帰って車の免許を取りに行ったり、出会いを求めて旅行に出かけたりと、女子大生として初めての夏休みを満喫していた。
私は真っ黒に日焼けして、泥んこになって発掘現場の土砂を一輪車で運んでいれば幸せだった。
何千年も昔の人が暮らした村、煮炊きに使われた土器、亡くなった人を弔った跡や供物…。
時を重ね厚い土の層に覆われて、気の遠くなるような年月、誰にも触れられることのなかった生の歴史。
それを自分の手で掘り起こす。
そこには映画みたいな冒険も、宝探し的な華々しさも無い。
あるのは太古の人々から受け継いだ歴史への畏敬の念と、それを未来へと繋ぐ使命感。
発掘はまるで、静かで厳かな儀式のようだった。
私は考古学の虜になった。
道路建設や土地開発に伴う学外の調査が忙しい時には、大学の授業をサボって発掘に出かけた。
福井県での古墳発掘調査
2年生の春休み、発掘仲間と福井県若狭地方の古墳の調査に参加した。
発掘調査が行われる遺跡は、いわゆる「ど田舎」にあることが多い。
交通の便は悪い、ファミレスもコンビニも無い、山奥か見渡す限りの田んぼの真ん中なんてことはザラだ。
この時も、京都の下宿から月曜日の早朝3時間以上かけて最寄りの駅に向かい、遺跡に一番近い民宿に泊まり込んで発掘調査、金曜日の夕方泥んこのまま3時間以上かけて京都に帰り、また月曜日の朝に若狭に戻ってくるという具合だった。
発掘調査というと聞こえはいいが、見た目は工事現場のおっちゃんと変わらない。
作業着の上下、首にはタオルを巻き、ヘルメットか紐付きの麦わら帽子に黒長靴。
うら若き花の女子大生のファッションとしてはユニーク極まりない。
その格好のまま、昼になるとワゴン車で国道沿いの食堂へ搬送される。
突然渡された氷砂糖の袋
その食堂は60代後半くらいの老夫婦が切り盛りしていた。
プラスチックのテーブル、色あせて桃色になったビニール張りのパイプ椅子。
あの頃としてもかなりレトロな食堂だった。
メニューは多くなく、「天丼」とか「中華そば」とか、一つ一つ木の札に豪快に筆書きされて壁にかかっていた。
お客さんは主に長距離トラックの運転手さんか工事現場の作業員さん。
そこに混じって親子うどんをすするのが、私の至福の時だった。
ある日、いつものように親子うどんを待つ私の前に、食堂のおじさんが氷砂糖の袋を放り出し、あっという間に調理場へ引き返して行った。
呆気に取られる私を、発掘の責任者である町の調査員さんがからかった。
「おやじキラーやなあ、茂木ちゃんは。ええなあ、自分だけ。」
「はあ?」
氷砂糖って…。なんでやねん、意味わからん。
皆にクスクス笑われながら、私は渋々その袋をウェストポーチにしまい込んだ。
帰る時おじさんに、「あの…氷砂糖、ありがとうございます」とお礼を言うと、おじさんはニコリともせず、怖い顔をしたまま黙々とお会計を続けた。
民宿の夜の秘密
人里離れた民宿の夜。
男の子たちは大部屋、唯一女の子の私は小部屋に泊まっていた。
週末には京都の下宿に帰れるものの、月曜の早朝にはまた3時間以上かけて戻ってくるという繰り返し。
疲れは極限に達し、体は糖分を欲していた。
しかしお菓子もジュースも、コンビニもない…。
夜中、私は氷砂糖をむさぼり食べた。
袋を破いて開けた穴に指を突っ込んで、ひっきりなしに、ガリガリ、ボリボリ。
野郎ども、許せ…。
男の子たちへの罪悪感を感じながら食べる氷砂糖は、本当に甘くて美味しかった。
真っ黒に日焼けした泥んこのみすぼらしい格好をした年頃の女の子が、恍惚の表情で親子うどんをすする姿を、きっと食堂のおじさんは不憫に思ったのだろう。
その後もおじさんは仏頂面のまま、黒糖飴とか月餅とか、渋いチョイスのお菓子を私にだけくれた。
時が経って思うこと
あの町は市町村の合併によって今はもう存在しない。
古墳は相変わらず同じ場所で眠り続けている。
泥んこの女の子は、考古学の勉強を長いこと続けた。
それから大いなる時間と空間の旅を経て、今ではすっかり大人になり、あの頃描いていた夢とは全く違う未来を旅している。
それでも時々、あの古墳の1500年もの眠りをちょっとだけ邪魔したのはまぎれもなく自分だったのだと思うと、誇らしい気持ちになる。
そのたびに氷砂糖の甘さと、優しいおじさんの仏頂面を思い出す。
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバ
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
第1回第2回タビノコトバ掲載作家の茂木麻予さんをインタビューした記事
【作家・支援者インタビュー①】茂木麻予が語る「タビノコトバ」
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