第1回・第2回タビノコトバで採用された作家による旅の連載エッセイ企画。
「採用作家が継続してアウトプットできる場を作りたい」
「第3回の応募者に、採用されればこんなことが起こると未来を想像してほしい」
そんな思いを込めて、連載企画をスタートさせました。
・これまでのタビノコトバを読み、この人の作品をもっと読んでみたいと思っていた人。
・第3回があれば応募してみたいと思っていた人。
・旅の文章が好きな人。
旅の文章を応募し採用された作家による書き下ろし作品を公開します。
今回はMikiさんによるテーマ「あちこち旅して考えた」:(2)致命的弱点の話
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
Contents
旅が好きなのに致命的弱点がある
「もうどこにも行けない。」
今まで何度そう思ったことか。大いなる自信喪失。
それはすべて乗り物酔いのせいである。
何か違和感を感じたと思うと、やってくる。乗り物酔い知らずの人は全然分からないらしいが、私も健康な時は、その感覚すら十分に思い出せない。
何かに取り憑かれたように、とにかく気持ち悪いとしか言いようがないのだ。
そうなったら、ひたすら耐えるしかない。
流れていく景色と振動。一刻も早く外に出たい、休憩したい。そんなとき、ぼんやりと浮かんでくるのだ。
「ああ、もう私はどこにも行けないかもしれない…」
行きたいところは山ほどあるというのに。
大げさに思うかもしれないが、それは軽い絶望だ。
小さな頃から苦手だったはずなのに
私の三半規管はとてつもなく弱いらしい。
先日、友人が私のことを「旅をすればいつも気持ちが悪くなっている」と人に話しているのを聞いた。
その時もわたしは目が回って横になっていたので、ほんとうにしょっちゅうなのだ。
弱点だという自覚もある。
小さい頃は、幼稚園の送迎バスでも、車で数十分出かけるのにでも車酔いしていた。
遠足など、もちろん嫌いだった。
そんな私が、旅が好きな大人になった。
移動だって厭わない。というより、そもそも旅自体が、一種の移動なのだ。
私は嫌いなはずの移動が何より好きということになる。
私の乗り物酔い体質はちっとも変わっていないというのに。
ボリビアのスクレからラパスまでの飛行機の中で
いろんな国でバスに揺られ、車に揺られ、世界のそこかしこで酔った。
ああこれはもう酔うに決まっていると思ってそうなることもあれば、大丈夫大丈夫と油断していて突然やってくることもある。
移動中なので、ここがどこなのかよく分からないという場所で気持ち悪さを訴えてはトイレに駆けこみ、薬や水をもらい、心配されたり親切にしてもらったりした。
ボリビアのスクレからラパスまでの国内線は、機体がごとごとと揺れ、体が宙にふわりと浮いてはひゅんと落ちるを繰り返すバッドフライトだった。
乗る前にあんなにおいしく食べたサルテーニャが胃の中でぐるんぐるんと不穏な動きを始めた。
食べたことを後悔する。
そんな状態だから、離陸してすぐ席に座っていられなくなり、トイレへこもるはめになる。しかも、それきり外に出られない。トイレにいたって飛行機は揺れに揺れ、朦朧として体に力が入らず、揺れに合わせて壁にがんがんとぶつかる。
そのうち、飛行機がだんだんと高度を下げていく。
まずいと思い、なんとか個室から這い出たものの席まではたどりつけそうになく、金属が剥き出しの床にぺたりと座り込んだ。
肌にひんやりした感覚があり、隣には乗客の荷物の山があった。
私以外の全員が席についている。もちろん乗務員も。
放心状態の中、エルアルト国際空港に着陸した。
それでも私は旅をする
おそらく一番最後に外に出た私は、そのまま飛行機のタラップに腰掛けた。
すると、かっちりとした制服姿がきまっている空港係員だかパイロットだかが酸素ボンベを持って現れた。
(ありがとうありがとうなんて優しいんだ)と青白い顔で吸入器を口にあてる。
(いやいやでも違うんだ、高山病じゃないんだ、ただの乗り物酔いなんだ)と、今思い出すと少し可笑しい。
不調を引きずったまま、空港からタクシーを乗り合いにして街の中心部へ。
後部座席でぐったりしていた私に、同乗者の女性が「ほらみなさい」と声をかけてきた。
つむっていた目を開けると、寄りかかっていた窓から景色が飛び込んできた。
あの時の驚き。すり鉢状の土地にへばりついているように見えるものほとんどすべてが家だった。
その茶色の上の透き通った青。
不思議な光景だった。
見たことのないものに圧倒されて、気持ち悪さがすうっと引いていった。
「もうどこにも行けない」
そんな弱気な思いを抱えつつ、いざあの気持ち悪さに襲われるまで、わたしはそのことをけろりと忘れて旅をする。
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバ
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
<連載作家>
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