第1回・第2回タビノコトバで採用された作家による旅の連載エッセイ企画。
「採用作家が継続してアウトプットできる場を作りたい」
「第3回の応募者に、採用されればこんなことが起こると未来を想像してほしい」
そんな思いを込めて、連載企画をスタートさせました。
・これまでのタビノコトバを読み、この人の作品をもっと読んでみたいと思っていた人。
・第3回があれば応募してみたいと思っていた人。
・旅の文章が好きな人。
旅の文章を応募し採用された作家による書き下ろし作品を公開します。
今回は茂木麻予さんによるテーマ「旅で出会った人たち」:(3)「旅立ち」の意味
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
ニューヨークでのジェーンとの出会い
旅先では、普段の自分より開放的で積極的になれる。
感性が澄み、心の瞬発力も増すようだ。
そうして自分の素の言葉を発した時、相手次第では、瞬く間に親しくなることがある。
初めて訪れたニューヨークで、ジェーンと知り合った時もそうだった。
彼女は70代後半のヨガ講師。若い頃はばりばりのヒッピーだった。
細かくカールしたショートヘアーに中折れ帽を被り、幾重にも巻きつけたパワーストーンのネックレスや腕輪をジャラジャラいわせて歩く。
あちこちのレストランから流れてくる、エスニック料理の油っこい香りと、鳴り止むことのないクラクションの音が入り混じった、雑多でぶっきらぼうなイースト・ヴィレッジの街がよく似合う。
ユーモアとウィットに富むが、口は超絶悪く、“Fuck(ファック:くそ〜、の意)”を多用。
胸がすく豪快な「ガハハ」笑い。そのくせ、時おり少女のような目の輝きを見せる。
かと思うと次の瞬間、ハリウッド女優ばりのウインクをバチっと決めてドキドキさせるから、油断はできない。
シェルターから引き取った愛犬と散歩するのが日課。
散歩中に工事現場横で転び、腕を骨折。
すぐさま工事会社を訴え、勝訴。
腕の治療で通う30代のキュートな外科医に夢中になっていると言って、例のウィンク。
文字通り、転んでもタダでは起きない。
信心深く、人懐こく、輪廻転生も宇宙人の存在も信じてる、ピュアでユニークな、愛すべき人。
ジェーンとの再会
旅を終えて日本に帰国してからは、eメールなどで連絡し合い、その後もニューヨークを訪れた時に会ったりしていた。
何年かして、私がニューヨークに渡り近所に住むようになると、約束などしなくても、しょっちゅう顔を合わせては、彼女のナンパ話だの、地球に潜む宇宙人の母星との交信方法だの、時間を忘れて立ち話をした。
ある日、結婚の証人になってほしいとジェーンに頼んだ。
結婚することは言ってあったし、一番の友だちだから、彼女に証人を頼むことは私にとって自然なことだったが、彼女の弾けんばかりの喜びようといったらなかった。
奇声を発して踊り出すわ、ご近所さんに触れ回るわ、とにかく大騒ぎ。
いつもは落ち着きはらっている彼女の、子供みたいな愛情の表現を目の当たりにして、照れ臭かった。
旅立ちの準備とその意味
いつの頃からだっただろう。
「ここであたしのやるべきことは済んだ。旅立ちの準備はできてる。楽しみだよ。」
相変わらずやんちゃで口も悪い彼女が、妙にすがすがしい表情で、悟りでも開いたみたいに言うようになったのは?
いつものように見かける彼女の後ろ姿が、声をかけるのをためらうほど、急に小さくなったように見え出したのは?
突然の別れ
あの日、しばらく彼女を見かけず、電話にも出ないのでメッセージを送った。
何日かして、彼女の甥という人から返信があった。
ジェーンは10日ほど前にアパートで転び、入院した。
そして昨夜、容体が急変し、息を引き取ったというのだ。
あまりに突然の別れ。
もっと早く連絡していればと後悔し、一人暮らしだった彼女の病室での最期を思うとやるせなくて、悲しかった。
ところがしばらくすると、確信めいた問いが私の中で芽生え、膨らみ始めた。
ジェーンが言っていた「旅立ち」とは、このことだったのではないか?
容体が急変したというその時、彼女は自分の意思で、積極的に旅立ったのではないか?
ジェーンのウインクと言葉
あれから一年。
最近では、「ジェーンのことだから、そのうち宇宙人みたいに交信信号を送ってくるに違いない」とか、「まんまと次の旅に出ちゃって、やっぱり転んでもただでは起きないババアだった」などと、夫に冗談を言う。
死は人知を超えたものだから、誰にも本当のことはわからない。
ただはっきりしているのは、この方がずっとしっくりくる、ということだけだ。彼女もマンザラではないはず。
そういえば最後に会った日、別れ際にあのウインクを決めながら、私と夫に言っていたっけ。今思えば、なんともジェーンらしい、愛にあふれた別れのあいさつだった。
“See you later! Fucking love you, guys!”(またね!クソ愛してるよ、あんたたち!)
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバ
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
第1回第2回タビノコトバ掲載作家の茂木麻予さんをインタビューした記事
【作家・支援者インタビュー①】茂木麻予が語る「タビノコトバ」
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