第1回・第2回タビノコトバで採用された作家による旅の連載エッセイ企画。
「採用作家が継続してアウトプットできる場を作りたい」
「第3回の応募者に、採用されればこんなことが起こると未来を想像してほしい」
そんな思いを込めて、連載企画をスタートさせました。
・これまでのタビノコトバを読み、この人の作品をもっと読んでみたいと思っていた人。
・第3回があれば応募してみたいと思っていた人。
・旅の文章が好きな人。
旅の文章を応募し採用された作家による書き下ろし作品を公開します。
今回はMikiさんによるテーマ「あちこち旅して考えた」:(1)たいした理由もなく旅に出る
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
Contents
今まで行った国の中でどこが一番よかったですか?
旅が好き、特に海外に行くのが好きだという話をすると、たいてい聞かれる。
「今まで行った国の中でどこが一番よかったですか?」と。
そんな時わたしが思うことはただひとつだ。
(あーまたか、めんどくさいな…そういうことじゃないんだよなあ。)
わかっている、このフレーズは社交辞令なのだ。あいさつに等しい。
それなのに、私は毎回答えに窮して、少しの間押し黙ってしまう。心の中で、どれも全部よかったんだよな…と真剣に思いながら。
自分自身の小さな体験が積み重なって、その国の印象になっていく。その体験は、目に見える見えないにもかかわらず具体的なものだ。今話したところで、納得してもらえると思えない。
相手が知りたいのはある国の情報で、私が伝えたいのは何か別のもの。こう聞いてくる人と答える私には、わかり合えない壁があるように思う。
私は、それを相手に伝える技量も話術も、その国に関する特別な知識も、相手を楽しませるような面白いエピソードも持ち合わせていない。ただの通りすがりの旅人として、その場所を自分なりに感じてきただけなのだ。
例えば香港、例えばプラハ、例えばキルギス
例えば、香港。
まるでサウナにいるような熱気。安宿が無数に入っている怪しさ漂う巨大なビル、そこで弟と待ち合わせたことや会えた安堵感。
せり出す看板だらけの街並みや急勾配とエスカレーターにわくわくしたこと。外に並べられたプラスチックの椅子に腰掛け顔から噴き出る汗を拭いもせず食べたごはんのおいしさ、フェリーで感じた風、飲茶が次々に運ばれてくる幸福感。
香港より美しい街も面白い街もたくさんあるだろうけれど、いろいろな思い出の断片がマーブル模様みたいに混じり合って「香港はよかった」になっている。
こってりした建築がいちいち甘美なプラハ、
内戦の跡を残しながらもやさしい雰囲気のザグレブ、
一泊しただけの街なのに受けた親切を未だに覚えているトリノ、
バリに流れるゆったりした時間、
自由な雰囲気がにじみ出るサンフランシスコ、
弾丸旅でもびしびしと混沌っぷりを感じたインド、
渋いおじさまがきびきびと働く大好きな喫茶店のあるマドリード、
乗り継ぎのための数時間の滞在で心を鷲掴みにされたモスクワ、
人よしご飯よしのまろやかな印象のペルー、
コロンビアのイメージを覆したさわやかなボゴタ、
にこやかな人々とおいしいごはんに癒されるウルムチ、
丘と山と羊ののどかな風景が広がるキルギス…
わたしはそこに同じ熱量の「好き」を感じている。それぞれの場所に思い出がぎゅうぎゅう詰まっているのだ。
わたしの旅になんて興味がないのだから
それぞれの文化や言葉はあまりに違って、どの国の人びともあまりに優しい。どこに行ってもよさや発見があって、訪れた国はだいたい好きになってしまう。ゆえに、どこが一番よかったかなんて決められない。比べることができない。
だから、質問の答えを考えた時、選ばなければないないもどかしさで言葉につまってしまう。そして、たいていはこう言う。
「どこもよかったので、決められないです。」
すると聞いた人の顔が少し曇るのがわかる。これが正直な答えだというのに。こちらもがっくりきているから、盛り上がらない。あっけなく次の話題に移る。
旅をしているような時間
答えるのがめんどうだとか、愚問だとか思ってしまったけれど、こんなふうに旅について考えるのは楽しい。
人それぞれ、旅のスタイルが違えば、ぎゅうぎゅうの思い出の中身も全然違って、もしかしたらその中でも何か特別な場所や国があるのかもしれない。
矛盾しているのはわかっているけれど、そんな話を実は私も誰かにしたくて、誰かから聞きたいのだろう。
そういう時間は旅にでなくても旅をしているような、豊かな時間だと思う。
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバ
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
[…] Mikiの連載記事一覧(1) たいした理由もなく旅に出る (2) 致命的弱点の話 (3) フィルターとベクトルの話 (4) キルギス、キューバ、東京、それぞれの地で […]
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