第1回・第2回タビノコトバで採用された作家による旅の連載エッセイ企画。
「採用作家が継続してアウトプットできる場を作りたい」
「第3回の応募者に、採用されればこんなことが起こると未来を想像してほしい」
そんな思いを込めて、連載企画をスタートさせました。
・これまでのタビノコトバを読み、この人の作品をもっと読んでみたいと思っていた人。
・第3回があれば応募してみたいと思っていた人。
・旅の文章が好きな人。
旅の文章を応募し採用された作家による書き下ろし作品を公開します。
今回はRucocoさんによるテーマ「あの頃の私が見た風景」:(3)One dollar forty
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
初めてのハワイ
「ねえ、ちょっと寒くない?」
ジャケットを羽織りながら友人が言う。
半袖シャツではたしかに寒い。私もバッグの中から上着を取り出す。
でも、ここは北海道でもアイスランドでもシベリアでもない。まぎれもなくハワイ・ホノルル空港なのだ。
タラップを降りたら、そこには燦々と陽が射しているはずだった。見上げれば青空が広がっているはずだった。
「こんなに涼しいのは珍しいんですよ」
迎えてくれたガイドさんが申し訳なさそうに薄暗い空を仰ぐ。
生まれて初めての海外旅行。どうやら天候はいまひとつらしい。
けれど、当時は花の女子大生。曇り空など何のその。ホテルに荷物を置くと、まっしぐらに免税店へ向かった。
有名ブランドの化粧品やバッグにスカーフ。学生の身分ではなかなか手の届かない高級品がどれも安く手に入るのだから、まるで夢の国だ。
もちろん、私の心をときめかせたのはブランド品だけではない。
街に溢れるサンオイルの匂いや鮮やかな花々、青いポストや大きなポリバケツ。
見るものすべてが珍しく、たちまち私はハワイの虜になってしまった。
スタンドで聞いたお兄さんの言葉
でも、何かが物足りない。
欲しかった指輪も香水も買って、うれしくて楽しくて、ずっと笑って過ごした一日だったというのに。
天気のせいじゃない。けれど思っていた旅と少し違う気がしてならない。
なぜだろう?
ベッドの中で考えているうちに、ぐっすりと眠ってしまった。
19時間の「時差」というものも、初めての経験だった。
翌日は楽しみにしていたハナウマ・ベイ。滞在中、奇跡的に晴れた一日だった。
オプショナルツアーの混載バスに乗り、お弁当をもらって美しい海へと続く坂道を下っていく。
ココナッツの香りのするオイルを塗り合い、ビーチマットの上に寝転ぶ。
日本に帰ったら、小麦色になった肌を自慢しようね、そんな話をしながら日焼けにいそしんでいると、喉が渇いてきた。
ビーチには小さなスタンド型のお店があり、ドリンクやホットドッグを売っていた。
お店のお兄さんに指を二本立てて見せ、「Coke」と、ひと言告げる。
ほどなくして大きな紙カップに注がれたコーラを二つ差し出し、お兄さんが言った。
「One dollar forty」
それが、頭の中で「1ドル40セント」に変換されるまで、少し時間がかかった。
そして、気づいた。
このお兄さんの言葉がハワイで、初めての海外で聞いた、最初の英語なのだと。
ふとした言葉が一生忘れられない瞬間に
物足りなかったのはこれだったのだ。
現地の人が話す、生の英語。
思えば到着後の観光は日本人ガイドさんだったし、免税店でもABCストアでも日本語が通じた。
ハワイに着いてからずっと、日本語しか話していなかったから、海外に来た!という気分になりきれずにいたのだ。
「One dollar forty」
コーラの値段が、一生忘れられない言葉になるなんて。
あの時、ひとつ70セントだったコーラ。今はいくらするのだろう。
日本人の英語力も多少向上したのか、今ではABCストアのレジスターで日本語を聞くことも少なくなった。
ビーチには、好き好んで肌を焼く若い女の子もいない。
変わらないのは花の香りと波の音、そして潮の匂いを含んだ柔らかな海風。
傷ついたら、あの島へ行こう。
躓いたら、ハワイへ行こう。
いつだってあの風が、優しく頬を撫で、私の心をそっと包んでくれるから。
アメリカに焦がれた20代。アジアに恋した30代。海に魅せられた40代。でも還暦は絶対にハワイで祝うと決めています!
連載記事のテーマは「あの頃の私が見た風景」
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