第1回・第2回タビノコトバで採用された作家による旅の連載エッセイ企画。
「採用作家が継続してアウトプットできる場を作りたい」
「第3回の応募者に、採用されればこんなことが起こると未来を想像してほしい」
そんな思いを込めて、連載企画をスタートさせました。
・これまでのタビノコトバを読み、この人の作品をもっと読んでみたいと思っていた人。
・第3回があれば応募してみたいと思っていた人。
・旅の文章が好きな人。
旅の文章を応募し採用された作家による書き下ろし作品を公開します。
今回はRucocoさんによるテーマ「あの頃の私が見た風景」:(2)東京は尚遠く
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
Contents
父との思い出
家族旅行の思い出がほとんどない。
実家は伊豆の観光地で温泉宿を経営していたので、世間一般が休みの時に働くのが常だった。土地柄、何かしら商売をしている家庭ばかりだったから、子供たちの間でも旅行の話なんて出なかったし、誰かをうらやむようなこともなかった。
けれど、東京だけはよく遊びに行っていた。
父は神田生まれの江戸っ子で、何かと理由をつけては故郷である東京に帰っていたのだ。
家族全員で訪れる時もあったし、父と兄と三人のこともあった。けれど、思い出すのはいつも、父と二人だけで行った東京での出来事ばかりだ。
必ず訪れた花やしき。
父の手を引っ張って、お化け屋敷やジェットコースターを楽しんだ後は大丸デパート。
お子様ランチを食べ、おもちゃ売り場へ向かうと、サーカス小屋のように煌めく小さな屋台があった。
そこはアクセサリー売り場。
ゆっくりと流れるベルトコンベアの上に乗せられた色とりどりの髪留めやブローチは、まるで宝石の川のよう。
けれど、目移りしているうちに、横に空いた穴に吸い込まれ消えてしまう。
あれを取っておけばよかったと、私はせつない気持ちになる。すると、消えたはずのアクセサリーが再び流れてくる。でも今度は他のものが気になり、選べないまま、またお気に入りが吸い込まれていく。
そんなことを繰り返しても、父はいつも気長に、微笑みながら待っていてくれた。
泊まるのは入谷にある叔父の家だった。
近所の洋食屋さんから出前してもらうハンバーグやカニコロッケ、当時はまだ珍しかったグラタン。食べたこともないご馳走に大満足したあとは、従妹たちとお風呂に入り、楽しい夜を過ごす。
家に帰る日は銀座の鳥ぎんか、八重洲口地下のレストラン街で最後の夕飯を食べてから新幹線に乗った。
遊園地、デパート、ハンバーグ。
これだけ揃う場所は、子供にとって天国以外のなにものでもない。
父と行く東京は、私にとって最高の贅沢旅行だったのだ。
父と娘の会話
いつもでたらめな英語の歌を口ずさんでいた父とおしゃべりな娘との間には、どんな会話があったのだろう。
ひとつだけ、はっきりと覚えていることがある。
花やしきでのことだったと思う。
「焼きそばか何か食べない?」と、父。
「いらない」
お腹はすいていなかった。しばらく歩くと再び父が聞く。
「アイスクリーム、売っているよ」
「いらない」
本当にお腹はすいていなかったのだ。
「じゃあ、ジュース飲まない?」
「パパ、なんで私に何かを食べさせようとするの?」
すると、父が悲しそうな表情で言うのだ。
「お前が食べ物を欲しがらないなんて、どこか悪いんじゃないかって心配になるんだよ」
あれから数十年が経った
あれから数十年が経ち、還暦カウントダウンに入った今でも、食欲がなくなるなんてことはない。無用な心配だったと、天国の父もきっと笑っていることだろう。
そして、故郷で過ごした歳月よりも、東京暮らしの方がずっと長くなってしまった。
大丸も花やしきも鳥ぎんも、行こうと思えばいつでも行けるけれど、なぜかその気にはなれない。
悩みなんて言葉すら知らなかった子供時代の、幸せな思い出だけが詰まった場所。
そこは特別な、遠い遠い場所。
父と娘が残した足跡は、記憶の中できらきらと輝いている。
もう触れることのできない、大丸デパートで見た、消えてはまた現れるおもちゃのアクセサリーのように。
アメリカに焦がれた20代。アジアに恋した30代。海に魅せられた40代。でも還暦は絶対にハワイで祝うと決めています!
連載記事のテーマは「あの頃の私が見た風景」
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【作家・支援者インタビュー④】Rucocoが語る「旅を文章にすること」
【連載作家】
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
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Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
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