第1回・第2回タビノコトバで採用された作家による旅の連載エッセイ企画。
「採用作家が継続してアウトプットできる場を作りたい」
「第3回の応募者に、採用されればこんなことが起こると未来を想像してほしい」
そんな思いを込めて、第2回タビノコトバ採用作家による連載企画をスタートさせました。
そして第3回タビノコトバ展を開催するにあたり、第2回の採用作家による連載を一区切りにしようと考えています。
それぞれの作家の作品は、恐らくあと1〜2作品。
ぜひ、楽しんでください!
今回はMikiさんによるテーマ「あちこち旅して考えた」:(5)誰かの特別な朝
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
朝が好きな理由
朝が好きだった。
地続きであるはずの昨日が夜明け前にはすっかり新しいものにいれかわり、「今日が始まります」という顔をしている不思議。
白んでいく空、うす桃色と紫のグラデーション。
太陽の光にふれたばかりの空気は透きとおっていて、季節の匂いがよくわかる。
自然の気配を色濃く感じる時間。
今、朝が好きかと聞かれれば少し考えてしまうが、旅ではそんな朝のよさを思い出す。
どんな賑やかな街も、朝はしっとりと静かだ。
日の出前はたいてい人が少なく、束の間の静けさの中に身を置くと、世界を丸ごと独り占めしているように錯覚する。
まだよく知らないうす明かりの街を歩くのは、少し勇気がいる。
そんな中で、道路の掃除をする人、開店前のお店にパンを届ける人、駅やバス停に速足で向かう人、犬の散歩をする人、それぞれの日常とすれ違うと、途端に街に血が通ったように感じて、ほっとする。
だんだんと街が動き出していくのを眺めるのが楽しい。
見知らぬ土地の朝の風景
自力で旅ができるようになるよりずいぶん前から、旅先の朝が好きだった。
「目がさめたとき知らない土地にいる、というのは、考えうる限り最高に心楽しいシチュエーションである。もちろん、散歩に出る。一歩おもてにでたときの、あの気持ちをどう言おう。ぱりっとした新しい空気。あの緊張感。私は、手も足も嬉しさではちきれそうになりながら、スキップせんばかりの足どりで歩く。」
(江國香織『都の子』“旅先の朝”より)
昔読んだエッセイの一節。
こんなふうに物事をとらえる感性や、心のうちに現れたことを言葉にできること、どちらも猛烈に素敵だと思った。
友人が、私の初めての旅先の朝を覚えていた。ホーチミンでのことだった。
「朝の散歩をしてきたよ。」と、ひょっこりホテルの部屋に戻ってきたことに驚いたらしい。残念なことに私はすっかり忘れていたが、小さな憧れを現実にしていたことが嬉しかった。
心許ない気持ち以上に、見知らぬ土地の朝の風景に心をときめかせ、全身で喜びを感じていたに違いない。
旅先の朝
少し早起きして、ベッドをそうっと抜け出す。窓を少し開け、ひんやりした空気を吸い込む。上階なら、静かな通りを見下ろすのもいい。
手早く上着を羽織り、靴下を履き、軽やかに外に出る。昼間に歩くのとは違う、特別な時間。
見つけた可憐な花、にこやかに挨拶を交わしたこの街の誰か、路上のコーヒーの味。私しか知らない街の顔。
キルギス、サリタシュの朝は、雪で真っ白だった。
中心を通るたった一本の道を、町の外れだというガソリンスタンドまで歩いた。
足元は、溶けた雪でべちゃべちゃに湿っている。何の商店もなかった。外には誰もいないだろうと思ったが、物を運ぶ人影を見た。時折、人の声と動物の声が聞こえた。吹雪いていてただただ寒かったが、律義に朝を味わおうとした。
特に収穫もなく来た道を引き返し、宿の玄関の扉を開ける。すっかり雪に濡れていたが、心が満ち足りた感覚と、暖かな空気で思わず顔がほころんだ。
イタリアの田舎町、コルトナの朝。
目覚めると鳥のさえずりが聞こえ、日常とは違う朝のゆったりした時間を感じる。外にたたずんで新鮮な空気を吸う。緑に包まれていて、こじんまりした家々にやわらかい光が降り注いでいる。
「コルトナの朝」という曲を耳にしたとき、瞬時にそんな光景が頭に浮かんで、手を止めて聴き入ってしまった。
ピアニストの辻井伸行さんが、コルトナを旅した時に作った曲だというナレーションが入った。辻井さんが、全身で感じたコルトナの朝が、私に伝わってきた。朝のきらめきが全部つまっているような美しい曲だ。感じたことをこんなふうにピアノの音色にできるなんて、素敵だなあ。
最後は、やっぱりそんなことを思った。
普段の朝は、旅先の朝のように晴れやかとはいかない。
寝不足の朝、忙しい朝、不機嫌な朝、二日酔いの朝。
でも、私にとって日常の朝が、誰かにとっては特別な朝、かもしれない。
明日の朝はそんなふうに考えて、コーヒーが落ちるのを待ってみよう。
きっと、少し、いい朝になる。
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバ
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
コメントを残す