第1回・第2回タビノコトバで採用された作家による旅の連載エッセイ企画。
「採用作家が継続してアウトプットできる場を作りたい」
「第3回の応募者に、採用されればこんなことが起こると未来を想像してほしい」
そんな思いを込めて、連載企画をスタートさせました。
・これまでのタビノコトバを読み、この人の作品をもっと読んでみたいと思っていた人。
・第3回があれば応募してみたいと思っていた人。
・旅の文章が好きな人。
旅の文章を応募し採用された作家による書き下ろし作品を公開します。
今回は茂木麻予さんによるテーマ「旅で出会った人たち」:(5)シチリアの旅人
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
シチリア島のフランチェスコ
よく晴れた冬の朝、コーヒーを飲みながら、向かいのビルの屋上から上がる暖房の蒸気をぼんやり眺めていた。すると隣で携帯をチェックしていた夫が、興奮した声を上げた。
「フランチェスコがニューヨークに来るって!」
「いつ?」
「2週間後!」
フランチェスコは、イタリアのシチリア島からアメリカへと移住した夫の祖父母の、シチリアの親戚の子なのだ。最後に彼と会ったのは、学生のフランチェスコが語学留学でニューヨークに来た10年ほど前。
背が高く、眉が美しくカーブを描くイタリア人ハンサムで、笑うと若い頃のロバート・デ・ニーロに似ていた。頭の回転が早く、一回りも年上の私を大人ぶったジョークでからかっては、笑い転げていたのを思い出す。それでいて、ニューヨークで買った服を嬉しそうに着て、目いっぱい胸を張り、女の子の視線を気にしながら歩く幼さもあった。
そんな彼も今や30代。誰もが知る某世界的インターネット企業の、ミラノ支社で働いている。人には見せない努力が実って手にした、夢の仕事だ。
私が知っている誰よりも、陽気で強気で、自信にあふれた人。その彼が、「会社のプレゼンでガタガタ震えたよ」と言ったことがあった。同僚は同時に皆ライバル。夢の仕事を続けるためには、競争を勝ち続けなければならない。そのプレッシャーと毎日戦うのは容易ではないだろう。それを生き生きとやってのけるフランチェスコを、私たちは誇りに思っている。
イタリアとアメリカで家族ぐるみの交流を続けてきた
夫が初めてシチリア島の親戚を訪ねた20年ほど前、夫とフランチェスコ、彼の兄のパオロの3人は、親子ほども違う年の差も、言葉の壁も越えて、とても親しくなった。
それからはイタリアとアメリカで、長年家族ぐるみの交流を続けてきた。初めは手紙、そしてeメール、それからテレビ電話で。だから彼らの恋愛事情も、仕事の悩みも知っている。それでも最後に会ってから、もうずいぶんと経つ。
そのフランチェスコが2週間後、サンフランシスコの本社を研修で訪れる。その後、はるばるニューヨークの私たちに会いに来ると言うのだ。
「うちに泊まるんでしょう?」
「いや、同僚もニューヨークに来るから、彼らと同じホテルに泊まるって。“ドーント・ウォーリー!”だってさ。」
予期せぬ再会
フランチェスコから、JFK空港に着いたと連絡があった。
夫にロケーション・シェアリングを設定させ、携帯の地図上で自分の位置を確認できるようにするのが、彼らしくて可笑しい。少しずつ彼のキメ顔のアイコンが近づいて来る。なんとも言えない高揚感で、夫も私もソワソワしてしまった。
アイコンが止まった。ドアを開け、廊下の先のエレベーターを見つめる。
チーンというとぼけた音とともに懐かしい顔が現れると、「フランチェスコ!」と大きな声で叫び、夫が裸足のまま廊下を駆けて行く。フランチェスコは巨大なスーツケースから両手を離し、呆然と立ち尽くしていた。
夫がぶつかるようにして彼を強く抱きしめた時、「やっと会えた…」とかすれた声でフランチェスコが言った。夫の肩越しに、涙を浮かべたフランチェスコの顔から、張りつめていた何かが解けていくのが見えた。
旅人に私たちができること
我が家に入りひと息つくと、フランチェスコはおもむろに巨大なスーツケースを全て開け荷解きを始め、自分の洗面用具をバスルームの引き出しに入れると、パジャマに着替えてすっかりくつろいだ様子。
それ見た夫と私の間で、無言の会話がなされた。
私:「?」
夫:「???…!」
私:「!!!」
夫が目で合図し、私をキッチンに呼び出した。
「彼、完全にうちに泊まる態勢だ。」
「今からさりげなく食料の買い出しに行って来るわ。」
「彼には絶対にこのことを悟られないで。こっちも最初からそのつもりだった”てい”で。」
「ラジャー」
フランチェスコにとって私たちは、心配も気遣いもいらない、安全な存在なのだろう。だから自分が断ったことを忘れて、いつの間にかうちに泊まると思い込んだのだと思う。
そのことが微笑ましく、妙に嬉しかった。夫の反応はどこかユーモラスだったけれど、終始フランチェスコへの愛に満ちていた。
その夜は遅くまで積もる話に花が咲き、笑いが尽きなかった。
やがて旅人は、厳しい日常の世界へと戻って行く。私たちにできることは、ただ笑って見送り、彼の安全な場所でい続けることだけだ。
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバ
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
第1回第2回タビノコトバ掲載作家の茂木麻予さんをインタビューした記事
【作家・支援者インタビュー①】茂木麻予が語る「タビノコトバ」
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