第1回・第2回タビノコトバで採用された作家による旅の連載エッセイ企画。
「採用作家が継続してアウトプットできる場を作りたい」
「第3回の応募者に、採用されればこんなことが起こると未来を想像してほしい」
そんな思いを込めて、連載企画をスタートさせました。
・これまでのタビノコトバを読み、この人の作品をもっと読んでみたいと思っていた人。
・第3回があれば応募してみたいと思っていた人。
・旅の文章が好きな人。
旅の文章を応募し採用された作家による書き下ろし作品を公開します。
今回は茂木麻予さんによるテーマ「旅で出会った人たち」:(1)ふざけた男
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
シルクハットの男・ジミー
真紅のセダンが停まり、シルクハットの男が降りてきた。
「来たぞ、ジミーだ」と夫が笑いをこらえながら言った。冗談で言っていた目印のシルクハットをかぶり、気取って両手をひろげるジミー。周囲の人が振り返って見ている。
フロリダ、フォートローダーデールの空港。大声で名前を呼び合い、夫とジミーはしっかりとハグを交わした。三十年ぶりの再会だ。
ふたりはニューヨークブルックリンのイタリア系アメリカ人地区の出身で、十歳の頃に出会った幼なじみ。大人になってからも時々会っていたのだけれど、いつしか連絡が途絶えてしまっていた。
ジミーはシルクハットを窓から車内に投げ入れた。ギラリと光る黒い目、太い眉。見ようによってはヤバそうな人にも見える強面の顔、オールバックに撫でつけた銀髪。ベンチプレスで鍛え上げた岩のような上半身に柄物の黒いシャツ。センタープレスの効いた真っ白なスラックス、白い靴。イタリアンマフィアみたいだ。
初対面の私にジミーは言った。
「本当にコイツでいいのか、アサヨ?逃げるなら今だぞ、ここは空港だ!」
ジミーとの電話
数ヶ月前、突然ジミーから夫に電話がかかってきた。三十年間の空白などまるで無かったかのように、ふたりはふざけ合い、からかい合う幼なじみに戻った。
「お前、大学なんか行きやがって。俺ら仲間の伝統を壊したよな。結婚した?俺は信じない。すぐに逃げられるに決まってる。いや、はなからそのワイフは実在しないに違いない。大学に行ったせいでお前は頭がイカれちまったんだ」とジミー。
「うるさい、だまれ。お前の頭はハト時計だ。ポッポー、ポッポー。お前こそベンチプレスのやり過ぎだ。バーベルを頭に落としてネジが何本か吹っ飛んだんだろう」と夫。
そんな低レベルの会話が長いこと続いた後で、ジミーが「フロリダに来ないか」と私たちを招待してくれた。
それからはしょっちゅう電話し合うようになった。夫が電話に出られない時でも、ジミーは必ず留守電にメッセージを残す。
「#$%&=〜@+*?! #“%$&〜=¥*@+?&$%#=&#¥%・+*…」
アラビア語のような響きのデタラメな言語で、留守電がいっぱいになるまで。
また別の日には、西部劇の悪者が登場するシーンの音楽をハーモニカで演奏したりして。
夫がぽつりと言った言葉
フロリダに滞在中は、ジミーが自宅でディナーを作ってくれた。映画に出てくるマフィアのボスみたいなイカつい顔で、白のスラックスに赤いソースを飛び散らせながら。
パスタとかラザニアとか、食べ切れないほど作ってくれた。
初めて会ったジミーの奥さんは、パーキンソン病を患っていた。病気は痛みを伴って進行し、残り少なくなった体の自由まで彼女から残酷に奪っていく。耐え難い苦しみに、時に「死なせて」とさえ訴える愛する人。看病の日々。ジミーの背負っている厳しい現実。
窓から見える夢のようなフロリダの夕焼けを眺めながら、どんな時にもふざけて笑っているジミーの強さを思った。それとも、あの底抜けの明るさが彼の心を支えているのだろうか。ぼんやりそんなことを考えていた。
「あいつのスピリットは尊敬に値するよ」と夫が隣でぽつりと言った。
また会う日まで
旅の終わりに、夫と私はレンタカーを借りてあちこちドライブすることにした。ジミーが近所のレンタカー会社に案内してくれた。
出発の時。慣れない車に夫はパニック状態。何度もエンストしたあげく、駐車場で急発進して他の車にぶつかりそうになり、間一髪で停まった。
助手席の窓から、ジミーが真面目な顔で十字を切っているのが見えた。不思議に思って見ていると、彼は純真無垢な女の人みたいな表情を作り、クネクネしながら仰々しく胸の前で手を組んだ。そしてゆっくり天を仰ぎ、ニヤつきながら気持ちの悪い裏声で言った。私が見ているのを十分承知の上で。
「おお神さま。どうかふたりが生きて帰ってきますように!」
その時、車は急発進してすごいスピードで車道に乗り出した。そのまま出発。
バックミラーの中で小さくなっていくジミーは、笑いながら両手を振って私たちを見送っていた。
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバ
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
第1回第2回タビノコトバ掲載作家の茂木麻予さんをインタビューした記事
【作家・支援者インタビュー①】茂木麻予が語る「タビノコトバ」
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