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山の日に山の思い出
ちょうど1年前に、インドのラダックへ行って6153メートルのストックカンリに登ってきました。
山の日ということで、その時の日記をまとめたものを綴ります。
6000メートルを超えた世界というものを感じてみてください。
1日目
スタート地点ですでに標高が3565メートルある。
空気が薄い。
初日は土で固められたトレッキングルートや岩山を歩く。荷物を背負った数頭の馬が僕たちを追い越していく。
4480メートルのマンカルモキャンプ2まで5~6時間の行程。腹の調子がすこぶる悪い。荷物が重く感じる。
ペースが速いのか、呼吸が苦しい。先の行程を考えると不安になる。
どうにかこうにかマンカルモに着いたときには気持ちの悪さ、腹痛、呼吸の乱れと全てが不調で、思わず食事テントと呼ばれる共有スペースでそのまま寝ていた。同じグループのインド人アモーは30分ほど遅れて到着。
14時30分ごろに初日の行程は終了。
夕食はチャーメンのケチャップ和え。
アモーとテントをシェアしながら夜を迎える。
寝床に着くのだが、何回かトイレへ行く。下痢が止まらない。
呼吸がいつまでも整わずハアハアと繰り返す。
もう二度と高所登山は御免だと考えながら静かな夜を過ごした。
2日目
朝起きると思ったよりも頭痛がなく、呼吸も穏やか。
今日は4480メートルから4980メートルまで、ゆるやかな登り。
途中これから登るストックカンリが一瞬だけ見える。
まだまだはるか遠く、頂上近辺は雪だらけ。
初日の反省を活かしてペースを抑えつつ、とにかく1歩ずつ進む。
あまり疲労を感じずに2時間でベースキャンプへ到着。
翌日午前1時に最終アタックのようで、それまで約12時間の休憩。
5000メートルへの順応の時間。
アモーとシェアをしているテントの中で話をしたり、食事テントでチャイを飲んだ。
夕食はマサラ味のコシのないうどん。
炭水化物をとるため麺だけをすくって食べたが、この後さらに腹の調子がわるくなり3回ほどトイレへ行った。
湯沸かししたボトルに水を入れてもらったが、ガソリンのような味がする。
お腹はグルグル。
高所のため呼吸が浅くなり、空気をとりこもうとするとポッコリとお腹に空気がたまった感覚がある。
テントからトイレに行くためにたった70メートルを歩くだけで、ハアハアと息が切れる。
4980 mの夜は昨晩に比べても大変寒く、ダウンやタイツなど持ってきた全ての装備を着込んでもまだ寒い。
元気そうなガイドたちを見て、かっこいいなと思う。
同時に、高所登山に挑戦する人々を改めて尊敬する。
呼吸は苦しく、食事はおいしさとは無縁。
夜は寒く、トイレに行くことすら煩わしい。
こんな状況になるのはわかっているにも関わらず、またあそこに行こうと思うことがどんなにすごいことか考えながら寝袋に包まれて眠りについた。
3日目
ガイドのソンナムが寝坊をして1時15分に出発。
月の光が明るく寒さもあまり感じない。
ゆるやかな登りを2時間かけ、タルチョという五色の祈祷旗がなびいた丘に到着。
アモーは咳をしていて苦しそう。
さらに先へと進むと、川の上に厚い氷がはってあるクレパス帯に到着。
ピッケルを使って固まっている場所を確認しながら慎重に進む。
クレパス帯を抜けると雪渓の登り。
静かな場所に雪を踏むザッザッという音が響く。
アモーは咳がひどくてスピードが上がらない。
二人がヒンディー語でなにやら話す。
リタイアを意識した話をしていることは伝わってくる。ここまで3時間。
アモーはここでリタイアを決めた。
これからはソンナムとの2人だけの登山となる。
岩と雪山の急登を登り続ける。頂上はまだ見えず。
登り続けていると、どうしようもなく息が上がり、全身に疲労を感じる。
大きな疲労感を感じ始めた頃に何気なく「あとどれくらい?」と聞くと「2時間だ」と言われた。
まだ2時間の登りがある。
リタイアという選択を現実のものとして考え始める。
とりあえず行けるところまで行こう。
稜線までたどり着くとそこは5900メートル地点。
風が容赦なく吹いている。寒すぎる。
呼吸が整わず、どうにか鼻から息をしようと努めるが、思わず肩を動かし口から息をしてしまう。
休憩しようと足を止めると容赦ない風が体温を下げていく。
水を飲もうとボトルに口をつけると、飲み口が凍っていて水が出てこない。
なんなんだ、この世界は。
ふと、自分が登ってきた場所を座り込んで眺めてみる。
氷の世界があまりに美しく写真を撮ろうと思うが、写真を撮るという作業ひとつが億劫に感じる。
疲労困憊の中で手袋をしたままカバンからカメラを取り出すことがどんなに大変な作業と感じるのか、ここに来ないとわからなかった。
ルートは特別難しくないが、とにかく息が苦しい。
どうにか鼻から息をしようと努めるが、なかなか余裕がでずに思わず肩で口から息をしてしまう。
1500メートル走でラスト1周を走るという状況を5時間くらいしているような感覚で、呼吸を整えようとしても整わない。
太陽が昇ってきて辺りが明るくなってきた。
途端に照り返しが強く、顔が痛い。
とにかく一歩ずつ前へ進む。
立ち止まり、前方を見上げると初めてタルチョがなびく山頂が見えた。
息も絶え絶えどうにかこうにかタルチョの前に着くと、そこには頂上からしか見ることができない山の向こう側が見えた。
目の前に広がる赤茶色の世界、振り返るとこれまで歩いてきた雪の世界。
二つの異なる世界が広がっていた。
8時ちょうどに登頂。
行けるところまで行こうと思って一歩一歩進んだ結果、こうやって山頂に立てたことが素直にうれしかった。
下山
寒さから山頂にいられたのは5分程度。
さて、これから下山。一刻も早く戻りたい。
傾斜が急な岩場を抜け、雪渓地帯に戻ったところでいよいよ力が尽きてしまい、その場でへたり込んだ。
全く動けない。
ガソリン臭いシャリシャリした水を飲み、5分間ほど休む。
意を決して立ち上がり、100メートルほど先で待つソンナムの場所へゆっくりと歩いた。
危険地帯を抜け出した。ここまで来ると、気温の上昇と高度の低下から、一気に恐怖感が抜けて、帰ることのできる安堵感が込み上げてくる。
呼吸の安定と同時に登りきった幸福感がジワジワと込み上げてきて、大きな達成感を得られるようになる。
再びベースキャンプが見えたとき、ソンナムにお礼を伝える。
たまらない満足感を感じながら、今度はどこの山へ行こうかと考える。
あなたのタビノコトバを聞かせてください。 【募集期間は9月4日まで】
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