第1回・第2回タビノコトバで採用された作家による旅の連載エッセイ企画。
「採用作家が継続してアウトプットできる場を作りたい」
「第3回の応募者に、採用されればこんなことが起こると未来を想像してほしい」
そんな思いを込めて、連載企画をスタートさせました。
・これまでのタビノコトバを読み、この人の作品をもっと読んでみたいと思っていた人。
・第3回があれば応募してみたいと思っていた人。
・旅の文章が好きな人。
旅の文章を応募し採用された作家による書き下ろし作品を公開します。
今回は黒田朋花さんによるテーマ「空想旅行記」:(1)夏季休暇
<連載作家>
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
連載作家の作品が掲載されたタビノコトバは、こちらから購入できます。
https://tabinokotoba.stores.jp/
Contents
見えない夏
降り続いた雨が止んだから、蝉が鳴き始めた。
大人になって
夏を感じる時間が少なくなった。
1日のほとんどを、快適空間でパソコンとにらめっこ。
青い空も、入道雲も、突き刺さるような西日もビルに隠れて見えない。
そうこうしているうちに、シャツの袖は長くなっていく。
「やっと夏が終わった。」誰かが言う。
「もう夏が終わった。」私は言う。
そうだ、夏季休暇は夏を探す旅に出よう。
夏に会いに行くのだ。
さっそく私は電車に乗り、現実から離れた。
子供の頃の夏
ゆっくりと景色が変化する。
灰色から緑色へ。車の走る音から川の流れる音へ。
ここには夏を隠すビル群も、にらめっこ相手のパソコンもいない。
目の前に広がるのは、子供の頃夏休みに感じていた風景―――。
陽気なメロディとは裏腹に、気怠そうにラジオ体操をする子供達。
きっと家に帰って二度寝をするのだろう。
しばらく歩くと、田んぼの畦道に茶色いアマガエルがいた。
アマガエルは緑色から茶色に擬態できるらしい。大人になって知った。
私も子供の頃は日に焼けて黒くなっていたなぁ。
そんなことを考えていると、無人駅があった。
むき出しのホームは熱気でじりじり揺れている。
切符の買い方が分からなかったので、麦わら帽子のおばあちゃんに尋ねた。
おばあちゃんから、蚊取線香の香りがした。
眠くなってきたので、とりあえず6つ目の駅で降りた。
大きな太陽が私を見下ろしていたから、お得意のにらめっこをしてみる。
暑くて溶けそうだったので、あっさり負けを認めた。
いつもより眩しい光。
いつもより爽やかな香り。
いつもより軽やかな音。
どれも子供の頃に感じていた夏だった。
太陽が傾いて、視界が橙色に染まってくる。
この橙色に染まる夏の帰り道が好きだった。
そしてこの帰り道の先に夜の闇が待っている。
寂しくはない、明るくて、優しい、夏の夜の闇。
帰り道に出会った夏
夏探しの夏季休暇も終わりへ。
私は帰路につく電車に乗り、目を閉じた。
ゆっくりと景色が変化する。
蒸暑さのこもるアスファルトの道。
街灯に集まる羽虫のダンス。
浴衣姿の女の子と遠くで聞こえる花火の音。
ひとつまたひとつ、この世界でも夏を見つけていく。
きっと気付かないだけで私は夏に会っていたのだろう。
「夏が来たね。」誰かが言った。
「夏が来ましたね。」私は言った。
夏夜の闇は、街の光で見えないけれど、
ここにもちゃんと夏があった。
【連載作家】
茂木麻予:「旅で出会った人たち」
RuCoco :「あの頃の私が見た風景」
ざっきー:「旅の回想」
Miki:「あちこち旅して考えた」
黒田朋花:「空想旅行記」
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